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真言宗大覚寺派大本山 大覚寺

嵯峨御所★日本三大名月観賞地「大沢の池」

〒616-8411 京都市右京区嵯峨大沢町4

周辺地図

 大覚寺(だいかくじ)は、旧嵯峨御所大本山大覚寺真言宗大覚寺派の大本山です。宸殿など多数の建物が回廊で結ばれる特徴的な造りで、本堂から見える「大沢の池」の景観が素晴らしい。桃山時代の息吹が今も残る「正寝殿」には、内部に「嵯峨蒔絵」と呼ばれる典雅な桃山式の蒔絵が施されています。「正寝殿」「宸殿」は渡り廊下で結ばれ、豪華な襖絵・紅梅・牡丹の図があります。「御影堂」の裏手には、大覚寺所蔵の宝物が収められています。

 大沢の池は、日本三大名月観賞地(猿沢池[奈良県]、石山寺[滋賀県])の一つです。大沢の池は、時代劇のロケ地としても有名で、数多くの時代劇がこの大沢の池で撮影されています。かつては、この大沢の池で、平安貴族が舟遊びをしたといわれています。

■大覚寺の歴史
 大同4年(西暦809年)に即位した嵯峨天皇は、壇林皇后との成婚の新室である「嵯峨院」を建立しました。この嵯峨院は、現在の大覚寺の前身・嵯峨離宮となります。嵯峨天皇崩御の後、貞観18年(西暦876)、嵯峨天皇の皇女「正子内親王」の発願により寺院となりました。鎌倉時代に入り、後宇多天皇が大覚寺にて法皇となり、約4年間にわたって、大覚寺にて院政を執られたことから、大覚寺は「嵯峨御所」と呼ばれるようになりました。その後、皇位・皇統・所領の継承を巡り、後宇多天皇の「大覚寺統(南朝)」と「持明院皇統(北朝)」と2分され、南北朝騒乱時代となります。元中9年(1392)には南北統一の媾和会議「南北媾和」が開かれることになります。後亀山天皇(南朝)が、後小松天皇(北朝)に、三種の神器を譲って大覚寺に入りますが、南北媾和の条件が守られないことにより、応栄17年(西暦1410年)、後亀山上皇の吉野出奔後、南朝の再興運動が起こります。戦国時代 応仁2年(西暦1468年)、「応仁の乱」により、大覚寺はそのほとんどの堂宇を焼失することになります。
 天正17年(西暦1589年)、門跡が「空性」となり、大覚寺の再建が開始され、西暦1624〜1644年の20年間を費やし、現在の寺観がほぼ復元された。

■大沢の池 ※大覚寺の隣
 周囲約1km、日本最古の人工の林泉(林や泉水などのある庭園)です。中国の洞庭湖を模して造られたところから「庭湖」とも呼ばれます。大沢の池には、「天神島」「菊ケ島」と「庭湖石」があり、この「二島一石」の配置は、華道嵯峨御流の基本型に通じます。辺には、茶室望雲亭、心経宝塔、石仏、名古曽の滝址があり、国指定の名勝地になっています。また大沢の池には、約100本の山桜(ヤマザクラ)が植えられており、春のお花見シーズンになると、大沢の池の東に位置する「広沢池」と一緒に、「桜並木と観月の名所」として有名である。

観光ガイド スポット詳細
スポット名真言宗大覚寺派大本山 大覚寺
関連電話番号大覚寺 075-871-0071
交通アクセス【電車】京福嵯峨嵐山駅下車、または京福嵯峨嵐山駅下車 徒歩15分
営業時間【拝観時間】9:00〜16:30
定休日・休業日
入場料・料金■拝観料
 500円
駐車場・料金有料

※ 真言宗大覚寺派大本山 大覚寺は京都市内の観光スポットです ※

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観光スポットの名称・特徴観光カテゴリ
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